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April 22, 2005

05年中国娯楽デモ

1989年6月4日の民主化要求デモは皆真剣だった。

この時期私は中国の西安郊外に日本メーカーの仕事で長期滞在していたが、一度同地でデモに遭遇しクルマを群集に取り囲まれた。幸い反日がテーマではなく民主化要求。明らかに日本人多数が乗っている車だったが、単に白い車体に墨で何か書かせてくれという要求だった。
当時中国は、経済は開放したが政治体制は旧態然。何か間違ってると額面どおり自然発生のデモだった。北京の学生先導で始まり、それに民衆も同調して天安門は膨大な数の人間で埋まった。それが各地に飛び火し、極めて短期間ではありましたが内乱状態となりました。人民解放軍の鎮圧部隊出動と当局によるデモ弾圧もありましたが、世の中を変えたいという思いはピュアなもので表情は皆、真剣そのもでした。当時、日本メーカー本社からは外出禁止令は出ていましたが、こちらは北京ナマリの中国語が飯の種。外国人と見破られる可能性無しと
判断し西安市内やその郊外を普通に歩き、デモを横目で眺め一体この国はどうなるのかと思い煩ったものでした。

今回はというと、当局の対応のマズさは今に始まった事ではないし、日本に対する恫喝外交も呆れたものだがまあ想定の範囲内。でも今回のデモ参加者のあのニタニタ笑いは許せない。日本製携帯で日本製品ボイコットデモを呼びかける自己矛盾は都合よく無視。「憂さ晴らし」と「反日娯楽」が大半。
16年前の天安門の「愛国者」が夢枕に立つぞ。 

逆に、日本閣僚の相次ぐ失言、曰く「先の大戦では日本も良い事をした」、「日露戦争で、日本が満州を確保し朝鮮を併合しなければソ連の領土になっていた」類の発言はは全くいただけない。言論の自由はあるが、閣僚は日本国民の「利益」と「歴史認識」を背負っている事を忘れ、さらに被害者の感情はきれいさっぱり無視。小泉首相の靖国参拝も中韓の神経を逆なでする。戦犯合祀の靖国神社に総理大臣が参拝するのは、私は日本の小学
生にもうまく説明できる自信は無い。靖国神社に祀られる戦犯の分祀が出来ないのであれば別の所に参拝して、「鎮魂」と「平和の誓い」表明すればいいのではないか。いつまでこの問題の解決に時間を浪費するのか・・
ドイツの閣僚で「ナチス云々」の失言は記憶に無い。ドイツの周辺国やイスラエルでドイツの歴史認識への批判は皆無ではないであろうが耳にした事は無い。今からでもドイツを良い手本とすべきではなかろうか。

日中両国の歴史教科書はギャップが著しい。教科書の3割が抗日関連の中国と、近代史が淡白な日本の教科書ではお互い不信感が増すばかりだ。先ごろ共同の歴史研究で日中は一応の合意をしたが相当時間がかかると思われるし、研究の完了は不可能ではなかろうか。国により特有の歴史観があるのは当然である。日本の教科書では日本は加害者である部分をオブラートに包み過ぎており、これは中国人が日本人は反省していないという意見は否定は出来ない。日本の歴史教科書に日本軍の悪行写真でも掲載したらインパクトがあってよかろう。明治以降にもっとページを割いてもいいと思う。

中国の教科書は、数千年の歴史の1%にも満たない抗日の時間が全体の3割という異常なプロパガンダぶり。また全てでは無いが、一部の日本軍の悪行写真は合成写真。また意図的なコメントを写真に添える事により、日本軍残虐物語を構築しているインチキ物もある。本物まで信憑性を疑われるので、ニセモノは削除・訂正すべきである。中国の教科書では、戦後の日本については殆ど触れておらず、日本は昔のままと誤解する中国人がいるとすれば中国の責任である。

中国も他国の教科書にイチャモンをつけるのであれば、先ずはチベットでの残虐行為も自国人に明らかにすべきではなかろうか。1980年代まで中国は同地でチベット人の子宮を取ったりと相当な行為を行っているし、1949年の中華人民共和国の成立前後には少数民族解放の名のもとに、いわゆる○○自治区と名のつく地域で、「歴史の闇」的行為をしている。残念ながら今でも少数民族は圧政に憤慨しているのであります。

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